iBS外語学院40周年記念実行委員会

「トイレットペーパー」— KONA 編集委員 小原 学

「信じるな、国家・銀行・iBS」もとい「信じるな、国家・銀行・信号機」が合言葉のKONAエディター、一体このおじさんは何を考えているのか?

Text/Photo: Gaku "Terry" Obara

2月29日の午前4時40分、この原稿を書き始めている訳です。ええ、いつものようにスタートが遅いんです、私。ところで、巷にはトイレットペーパーが無いらしいのです。ニュースでは「デマ」を信じた人々がトイレットペーパーの買いだめに走ったらしい。

経済学的に見ると、この行動は「投機」にあたります。市場において価値が上がるであろうものを「必要以上に」購入する。投機市場がドラッグストアの特売品コーナーで起こったのです。これが株式市場であれば風説の流布という重い罰が待ち受けています。

しかし、です。

トイレットペーパーは中国で生産されているので品不足になるという、どう考えても「デマ」な情報を信じた人々がこんなにいたとは驚きです。もう人々は自分で情報を精査する能力すら失っているのです。一体、いつからこんな日本になったのでしょうか。ニッポンのダメっぷりを世界に誇示する素晴らしい一例だと思います。

ところで、みなさんのお財布の中にある1万円札はどうして1万円なんですか? あれ、ただの紙切れですよ。1枚34円で日本銀行ってところが刷っている紙切れです。日本銀行が「1枚34円の紙切れを1万円という価値で保証します」と世界で宣言している通貨だから1万円なだけであって、孫がおじいちゃんに敬老の日に渡す「肩たたき券」と何ら変わらない訳です。(この場合は肩たたき券は(1万円)であって孫は(日本銀行)となる)

もっと言うと、法律で「孫に肩をたたいてもらう場合は500円」と決めれば、孫は肩たたき券を乱発して、任天堂スイッチを狙うかもしれません。しかし、おじいちゃんは肩たたき券を使えば使うほど500円の支出になります。これでは堪りません。肩たたき券の利用が少ないと孫は任天堂スイッチを買うことができないので、法律を無視して250円にします。この時点で孫の労働コストは半分になります。この時の「肩たたき券」は1枚250円の価値にしかなりません。

ある日、「肩たたき券 買取センター」ができました。肩たたき券買取センターは孫が作った肩たたき券を1枚180円で買い取ってくれるといいます。そこで孫は肩たたき券を20枚発行して買い取ってもらいます。3600円を手にした孫は喜びますが、孫の労働コストは法律で決められている額面500円を大きく下回る180円です。この時点で、肩たたき券は残念ながら相対的に暴落を起こし労働対価の低下をも引き起こします。

日本銀行券である「円通貨」は、こういう事は起きないことになっていますが、債権市場では簡単に起きうるものです。貨幣経済の原則原理を、孫や買取センターがある一定を超えると、矛盾が生じてしまいます。大変に恐ろしいことです。

私たちの生活の中で欠かせない通貨ですが、誰かが何か一線を超えるとマスクや消毒スプレーが暴騰したように、市場のバランスが大きく崩れます。今回のトイレットペーパー騒ぎを見る限りではいとも簡単に起こり得ます。しかし、もし「トイレットペーパーは中国から輸入されていない」という事実を事前に知り得ていたのであればこの問題は起こらなかったはずです。

反知性主義と、異なる意見と見識を共有できなくなったソサエティが起こした非常に興味深い行動パターンです。いま、私たちに求められている事は何か、それは単純に情報への咀嚼力(得た知識を一旦、自分の中で噛み砕くこと)だと言えます。国家を信じていてもコロナウイルスは防げなかったし、銀行を信じていてもあなたの定期預金は増えないし、信号を渡っていても車にはねられることもあるわけですね。

人間に残されたディストピア化する社会に対しての盾と矛は、まさに知性と教養ではないか、と心底思った2月29日の午後でした。

Gaku“Terry”Obara: 23期卒

1978年生まれ  iBS卒業後はアメリカとオランダで通貨を学ぶ。街の陽気な自動車文化人を自称し、世界各国より自動車を輸入。

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